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「風車小屋だより」ドーデー★そっと琴線に触れてくる短編集

いつ、なぜ、この本を手に取ったのか覚えていないのだけれど、恐らく20年近く本棚にある本。手に取るだけで心が穏やかになる、まるでお守りのような櫻田的珠玉の名作の一つ。

カポーティの「草の竪琴」もそうだけれど、この本、ドーデーの「風車小屋だより」は、心のささくれをなぜ、優しい気持ちにしてくれます。

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1932年日本語版の初版だそう。

草の竪琴のは繊細でノスタルジックだけど、風車小屋だよりは素朴で何気ない普通のお話で「よ〜し、癒してやるぞ!」的なのが皆無なんだけれど、心の奥、無意識のやわらかい領域にすっと入って来る、不思議な浸透力持った短編集です。

「アルルの女」という戯曲は有名だと思いますが、それは、この短編集の中のたった6ページの短い一編に、ビゼーが曲を付けたものだそう。びっくり知らなんだ。

Youtube: ビゼー:アルルの女(第1組曲・第2組曲)カラヤン ベルリンフィル

純粋素朴な村人や動植物への限りない愛情

本の紹介は、素晴らしい表紙の文章を拝借いたしましょう。

輝く太陽と豊かな自然をもとめて故郷プロヴァンスの片田舎にやってきたドーデーは、うちすてられていた風車小屋に居をかまえ、日々の印象をパリの友人にあてて書きつづる。南フランスの美しい自然とそこにくらす純情素朴な人々の生活を、故郷への限りない愛着の中に、ときには悲しく、ときにはユーモラスに描き出した珠玉の短編集

何か大それた教訓があるわけでも、心振るわす感動や、めくるめく冒険があるわけでもない。どこか淡々と客観的に、村人に聞いた「ちょっとした」小話を暖炉の前で話すような(いや、友人宛に書き綴ったよ形式ですが)、そんな短編集です。

やぎが逃げたり、脳みそが金でできていたり、食欲に負けた司祭や、羊飼いの恋心、ラバが復讐したり。

悲喜劇だったり、ちょっと残酷だったり、おっちょこちょいだったり、欲をかいて失敗したり、ほんとーにたわいもない話もあったり・・・その一つ一つの出来事が、人間や動物、自然への愛に溢れていて、なんだかほんわかした気持ちになるのです。

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#古いので、文字が小さく、そして紙が茶色く変色している・・。

情景描写の鮮やかさといったら!

著者が見ているプロヴァンスの片田舎の風景、情景、人々の息づかいが、そのまま脳内に再現されるような感じ。


少し引用すると

一番美しいのはみかんの林だ。丈夫な木の葉が、ラック塗りのさらの上の氷菓子のように、雪をそのまま載せている。果物は皆雪の粉を浴びて、薄い白布に包まれた金のように美しく柔らかく、その光もつつましい。何とはなしに、教会のお祭り、うすぎぬの法衣の下に着た赤い僧服、透かしレースをかけた祭壇の金泥、といった感じがする・・(これはアルジェリアの風景なんですが・・)

こんなふうに全編を通して表現がとーーーーってもゆたかで、しかも一部単語がわからなかったりするんだけれど、それを想像で勝手に補うことで、さらに想像力がかき立てられ、ますますひきこまれます。

ナポリの衣装をプロヴァンスふうのバラ色に縁取った上着に着替え、帽子の上には、カマルグ産のイビ島の大きな羽毛が震えていた。〜すなわち黄色いつげのさじと、サフラン色の衣装を授けるために待っている。

ちょっと横道それますが、光野桃さんのヴァンテーヌ節であるところの、洋服の色味やディテールの豊かな表現が大好きで、それを思い出しつつ。(美しそうだけど見た事が無いものが入っているところも似ている)

プロヴァンスの自然が彩る鮮やかな色彩、ぶどう酒の芳醇な味わいや、パンの香り、祭りのお囃子やヤギの声、緞子やレースの質感・・・5感全てが常に刺激され、脳内に、村人の生活やプロヴァンスの小道や山々、夜の静けさが鮮やかに投影され、その桃源郷のような情景に身を委ねると、心が自然にほどけていきます。

サガンさんのやぎ、法王のロバ、キュキュニャンの司祭・・・どの短編が一番良いかとか、心に残ったか、ではなくて、その全てが織り成す一枚のタペストリーを愛おしむような、そんな短編集。

あぁ、もう絶版なのね・・・。


一編一編はとても短いです。ちょっと心が疲れた時にお一ついかがでしょう。

「私という運命について」白石一文★一つ一つの選択が運命

この本を読んだのはいつだったけ・・・確か、5年以上前、シェアハウスに住んでいる時で、当時お付き合いしていたバッハ君となかなか結婚に進めなくて、仕事でも悩んで、カウンセリングなんか受けたりしながら、悶々としている頃だったと思う。

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シェアハウスの狭い個室で、泣きながら何度も読んだっけ・・・本がボロボロだよ。



女性作家が描く女性の恋愛モノは、大抵、自分が恋愛に悩んでいる時に手に取る事が多い。

これは、恋愛というくくりを越えて、自分の人生について、沢山の選択肢を前に、思考も心もこんがらがってしまった時に、その若干大げさとも言えるタイトルに惹かれて手に取った本。

「私という運命について」・・・女性にとって、恋愛、結婚、出産、家族、そして死とは? 一人の女性の29歳から40歳までの ”揺れる10年” を描き、運命の不可思議を鮮やかに映し出す、感動と圧巻の大傑作長編小説。(裏表紙より)

kazufumi_shiraishi2 #解説も入れて495ページ。マジで圧巻です。

「どうしようもない運命というものに翻弄されても、受け入れて生きるしかない。」
「自分で選び取ったもの、それこそが運命。」

という、相反する命題の間を揺れ動く、という意味で、全ての女性の心に響く名作だと思います。女性なら、きっとどちらも痛切に感じたことがあると思うから。



29歳から40歳までの10年間の間に、病気や死別、事故、別れ・・・様々な出来事が続々と降りかかるけれど、女性の逞しさ、しなやかさで、時に流され、迷い悩みながら真剣に生きる主人公。

ハイクラスな人物設定や、次々起こる事件がスゴ過ぎて、登場人物の状況に直接「共感」するのはちょっと難しい時があるのですが、彼女が直面する女性としての悩みや迷いは、多くの30代女性が経験するものと同じ。

そういった、ピンチや節目に、「運命」という言葉をもらったり、自分で運命の存在に気付いたり、振り返って、何かに自分が導かれているような感覚を持つ主人公。

運命というのは、たとえ瞬時に察知したとしても受け入れるだけでは足りず、めぐり合ったそれを我が手に摑み取り、必死の思いで守り通してこそ初めて自らのものとなるのだ。

さらに、その運命を運命たらしめるのは、自分の強い意志。意志によって、私という運命が紡がれていく。

命をつないでいく女性は、長い時間の流れの中で、自然に生かされ、運命をもつないで行く・・・そういった、自分を越えた大きな流れを感じ、さらにそれに寄り沿い、意志を持ってその運命を守って生きる時に、女性は強くなれる。



主人公の義母となる女性からの手紙に書かれたメッセージが、この一人の女性の物語の軸になっています。

選べなかった未来、選ばなかった未来はどこにもないのです。未来など何一つ決まってはいません。しかし、だからこそ、私たち女性にとって一つ一つの選択が運命なのです。

物語の前半に出て来たときには理解し難かった、受け入れにくかった文面が、最後に出て来た時はすとんと心に落ちます。

あなたを一目見た瞬間、私には、私からあなたへと続く運命がはっきりと見えました。



我ら女性には人生の選択肢が多く、その選択で自分の人生が大きく変わることが多々ありますよね。そんな人生の岐路で先の見えない分かれ道に怯え、何を選んだらいいのか分からなくて立ちすくむ時がある。

「未来など何一つ決まってはいない。」ということは、未来には、正解も、間違いもない。

本を読んでも、人生の霧は晴れないし、正しい道がどれなのか分からない。けれど、感じるままに、信じた運命を力強く生きよう、一つ一つの選択が紡ぐ、私という運命を守って生きようと、霧の中を歩き出すきっかけになった。

それが、その積み重ねた選択を「正解」にするただ一つの方法なんだと、そっと背中を押して、いや、背中のネジを回してくれたから。

「運命」という言葉が気になったら・・・算命学の「運命」についても読んでみて下さい。「宿命+運命=運勢」

算命学の素朴な疑問「誕生日が一緒なら同じ人生になるの?」〜路佳先生の算命学サロン〜

夜は短し歩けよ乙女★森見登美彦:胸キュン純愛活劇ファンタジー

ちょっと古いかしらん。3回くらい読んだ、ジャケ買い(多分)ヒット作です。
本屋さんでジャケ買いって、当たり外れが大きいけど、当たった時の興奮ったらないですよね。ネットでレビューを読んで買うのとは、全然違って。

その頃、ハチクロにはまっていたので、解説が羽海野チカさんだったから、というのも大きかったような、アジカンのジャケットと同じイラストレーター(中村祐介さん)だったから、というのもあったような。

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#若干のネタバレも含みますが、読むに当たってそれ程問題ではない程度(櫻田調べ)です。

この世界観にハマれば最高!苦手なら読むのがツライかも

何せ匂いやホコリまで漂ってくるような世界観が濃い。夜の先斗町、下鴨神社の古本市、学園祭・・・その、時折読み飛ばしたくなりつつの緻密な情景描写に、想像の翼が全開。昭和な古さと、オカルトな極彩色と、ちょっとスモーク焚いてるみたいなファンタジーと、突如リアリティと。

そのクドい情景描写やら、時空をねじ曲げるような強引な展開、もはや何を言ってるんだか分からない妄想めいたセリフの数々、言葉遊びのための自問自答、戯曲のようなやりとりが、最高に面白い!

アニメ化された「有頂天家族」が有名かもしれません。
http://www.uchoten-anime.com/


櫻田は「ノイタミナ」枠の「四畳半神話大系」大好きでした。


Youtubeに転がっていたりもします。
https://youtu.be/gIl3av0lSGI

「考え過ぎの先輩(男)」の片想い恋愛小説です展開としては

その恋愛がストーリーの軸とはなっているけれど・・・

魅力1.
「先輩」の超絶片想いの「外堀を埋める」段階がメインで、ひとり勝手に悶々とする片想いのまどろっこしさを3乗したような、前に進まなさ。

どこまでも暴走する己のロマンチック・エンジンをとどめようがなく、やがて私はあまりの恥ずかしさに鼻から血を噴いた。
恥を知れ。しかるのち死ね。
しかし私は、もはや内なる礼節の声に耳を傾けはしない・・・・


とか、妄想だけで鼻血出しつつ、外堀を埋め続け(なるべく彼女の目に止まる作戦=ナカメ作戦するも、偶然ですねと言われ続けるだけ)、最後の方になっても、

だがしかし、あらゆるものを呑み込んで、たとえ行く手に待つのが失恋という奈落であっても、闇雲に跳躍すべき瞬間があるのではないか。今ここで跳ばなければ、未来永劫、薄暗い青春の片隅をくるくる周り続けるだけではないのか。諸君はそれで本望か。このまま彼女に想いを打ち明けることもなく、ひとりぼっちで明日死んでも悔いはないと言える者がいるか。もしいるならば一歩前へ!


と、自分の頭の中で自分に演説をぶって足踏みしている。さっさと告れーーっ!

最後の最後、彼女視点の「先輩」の描写が、結構いい感じに描かれていて、その心の激しき葛藤など透けてもいないギャップが、また微笑ましい。

森見さんの魅力は、考え過ぎのイケてない登場人物の長ったらしいセリフにこそあるんだと思います。声に出して読みたい日本語です。

魅力2.
それとは関係なく「乙女」の周囲で展開される恋愛とは全く関係のない破天荒なワンダーワールド。

彼女の視点と、彼の視点と、めまぐるしく変わり、環境設定が、可変式舞台装置のように変わります。割と強引に。万華鏡過ぎてついていくのに苦労するけれど、ついて行く必要さえないのかもしれない。そのトンチンカン(褒めてます)な世界で、理解したり把握することなく、ほほーんと漂っていれば、それだけで楽しい。

そのワンダーワールド自体が、鯉を背負っておともだちパンチする「乙女」の魅力であり。

で、その、彼女視点の描写と、彼視点の描写が、最後の方になると、少しずつ・・・・その視点が、物理的にも心理的にも、少しずつ近づいていく感じが、まあ素敵で、最後は激しくほっこりできます。

ピュアな二人と比べた己の心の汚れ具合を嘆き、面白過ぎる登場人物やワンダーな環境設定と比べた自分の住む世界のつまらなさ具合に嘆きつつ、壮大に森見ワールドに現実逃避をしようじゃないか!

何も考えず没頭でき、読了感は爽やか。最高です。

考え過ぎ男子小説と言えば

主人公の男の子の、考え過ぎっぷりで、ふと読み返したくなった本が。


「恋愛に関する考察」をし過ぎる頭でっかち男子ヨーロッパ代表。こちらは、哲学やら心理学やらで相手や状況を分析し過ぎる、不器用で素朴で経験値足りない男性。そう、ふたりとも経験値が足りない感じがいいのよっ!

2手、3手、先を(しかも外れてる)読んだり、あらゆる心配事をふくらまして哲学的に憂慮し、結局何も言えない、うまくいかない、みたいな、無駄な頭の良さとか知識の無駄な使い方に思わずクスッとしてしまう感じ。




とりあえず気になられたら、本屋さんで羽海野チカさんのイラスト解説だけでも見て下さい。

櫻田こずえの読書&マンガ歴★小学生編

櫻田こずえです、本が好きです、皆さまごきげんよう!

先日実家に帰った時に、残してある自分の本棚がすごく懐かしくて、
(それも、自分でペンキで色を2,3回塗り替えた、古い本棚)
そういれば、昔からどんな本を読んでいたっけ・・と思って、
この記事を書き始めてみました。

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本は大方、20代半ばだったか家を出る時に処分してしまったのだけれど、
これはどうしても・・・というのだけ残してありました。
断捨離はできないものばかり。

ということで、記憶の限り、レッツ遡ってみます!

■ 読書の始めは赤川次郎@小学生

三毛猫ホームズ・・・あぁ、懐かし過ぎるのに、2015年に最新版が出てる!
50作目だって、赤川先生すごい!
書き続けるとか、歌い続けるとか、長く続けるって無条件伏尊敬です。


この装丁の感じが記憶に残っています。

amazonレビューとか、ネットの書評なんてなかったですよね。
ひたすら、本屋、古本屋でタイトルと表紙と、パラパラした感じで買っていたから、
ジャケ買い的に、表紙はすごく大切だったのかもしれません。

何がきっかけか覚えていませんが、恐らく、学校か近所の図書館で出会ったのでは。
それまでは、子供向けの本しか読んでいなかったと思うのですが、
推理小説の、大人びた、そしてめくるめく展開にハマりました。

さ、三姉妹探偵団が、こんな今風に!

櫻田はこっちです・・。
このKADOKAWA講談社だった(笑)の細長いやつシリーズ懐かしい。バブルの頃だったイメージが。

ちなみに、櫻田のベストは「アイスキャンディー」です。
「充ち足りた悪漢たち」という本の中の短編なのですが、
子供が高利貸しをするというストーリー。
「高利貸し」→「氷菓子」→「アイスキャンディー」というオヤジギャグタイトル。

小学生には、ハイセンスなネーミングと感じたことでしょう。


毒をあまり感じない先生の作品の中では、少し異色かもしれません。

後は「死者の学園祭」も記憶に残っています。
図書館や古本屋で、片っ端から読んでいましたね〜。
夢から醒めた夢とか、セーラー服と機関銃とか有名ですね。

平易な言葉と分かりやすい展開ですっと読め、
読んだ後に変な気持ちが残らない、二つの意味で人に優しい本。
また、登場人物の人柄が素敵で、シリーズで読みたくなる。

読書の楽しみを教えてくれました。

■ ときめきトゥナイト ポニーテールは振り向かない 星の瞳のシルエット等

マンガを買ってもらえなかった櫻田家ですが、
友達の家で「りぼん」をいつも読ませてもらっていました。

真壁君に恋したよね。


懐かしい・・・イライラするんだけど・・・・あぁ、なんでまたすれ違いっ!
司君もいいやつなのに!!!でもやっぱり久住君だよね。

■ 母のお下がり「赤毛のアン」

母も活字を読んでいれば幸せなタイプで、
テレビで大好きだった赤毛のアンの本があるよと言われて、
でも、字が小さかったか、ふりがながなかったか、記憶違いか、
単行本を買ってもらって読みふけっていました。


切妻屋根の家ってどんな家なんだろう?
赤毛の女の子ってどんな子なんだろう?

もちろんアニメでは見ているし、表紙に切妻屋根の家はあるんですが、
それとは全く別の世界を頭の中に展開して読んでいました。
いつかプリンスエドワード島に行って、湖を見て小道を歩きたいと思っていたな〜。

マリラが留守の時に、髪の毛を真っ黒に染める薬を買ってしまい、
髪が変な色になって、髪を短く切ったシーンが、すごく心に残っています。
もう私の人生は終わり!とばかりに悲しむアンの悲劇っぷりがまた。

そう言えば、小学校の通学路に、ひよこを売るおじさんいたな・・・あと、へんちくりんなおもちゃとか。


ダイアナのヘアスタイルに憧れたことを思い出しました。
ずっとおかっぱだったけど。

妄想力や想像力は確実についたけど、
それが何の役に立つのか・・・脳内暇つぶしは得意、かな。

いつもケンカをしていた子と結婚するというパターンに、
確か当時いつもケンカをしていたけどちょっと好きだったのに、
中学校は私立に行ってしまった男の子のことを思い出します。

キュンッ

ということで、中学生編へと続く・・・。

読書&マンガ歴★小学生編←今回
読書&マンガ歴★中学生編
読書&マンガ歴★中学生〜高校生編
読書&マンガ歴★大学生編

「スカイクロラ」森博嗣★日常から離脱したい時

先日実家に帰った時に、どうしても捨てられなくて残してある本を、
久しぶりに眺めていて・・・1冊連れて帰って来てしまいました。

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パトレーバー、攻殻機動隊、うる星やつら映画版などで有名な、
押井守監督が映画化した「スカイクロラ」の原作です。


あぁ、櫻田が頭の中で描いていたクサナギさんは攻殻機動隊のクサナギさんに近かったし、
カンナミはもう少し細くて神経質な暗い顔をしているはずだったのに・・・
となりがちなので、愛する本が映画化するのは苦しいものですね。
でも、音とか空気感の設定は、想像を越えて素晴らしく感動しました。


と、映画のことは置いといて、原作を。



未来なんだか過去なんだか分からない、戦争がビジネスとして行われる世界。
「キルドレ」と呼ばれる永遠に生きる人間「カンナミ」の語りで物語は進みます。

優秀な戦闘機パイロットとして働いている「カンナミ」と、
同じくキルドレである女性上司「クサナギ」との関係を軸に展開するのだけれど、
ねっとりとした心理描写ではなく、淡々とした会話や客観的で冷めた描写が、
ゆったりと、でも、静かなドミノのようにカタカタと続いて行きます。

静物画のような情景描写から、少しずつそれぞれの感情がはみ出て来て、
戸惑い、疑問、開放、ためらい、衝突・・・そして導火線に火をつけるヤツがいて、
最終章へとドミノが倒れ込んで行く様は、さすが森先生的軽快で緻密な展開。

実戦パイロットという職業柄、常に「死」と隣り合わせで、
そしてキルドレという寿命のない人間という設定からも、
「死」ということが繰り返し語られるのだけれど、息苦しさはありません。



不思議な透明感のある世界で、風が止まっているような、
不気味なくらい穏やかな空気が流れている。
こう、心の温度はあまり感じられない中で、心の機微が描かれていて、
それは、大好きなEdward Hopperの絵のようで、


カポーティの静かで不思議な、ちょっとファンタジーな短編のようで、
(と言っても、もう、10年くらい読んでないので、どんなだったけな・・・)

詩的で絵的で、とにかく、どこまでも美しく澄んでいる、大人のファンタジー小説です。
あぁ・・・な結末ですが、それでも後味はすっきり爽やか。
その世界観にずっと留まっていたくて、何度も読んでしまう本。

日常から自分を切り離して、ふわっとファンタジーの世界へ。



なお、森先生の緻密な展開や、謎解き的な部分は、
5巻全てを読むことで堪能できます。そう、シリーズなのです。

特に、結末であるスカイ・クロラが最初に発行されており!?
経緯や背景が分からない、あまり説明されないまま進んでいるので、
続編を読み進むにつれ「あぁ、そういうことだったんだ!」の連発です。

物語の時系列ではこの順番だけれど、発行順は番号の通り。
ほぼリアルタイムで購入したので、スカイクロラから読みました。

②『ナ・バ・テア』
③『ダウン・ツ・ヘヴン』
④『フラッタ・リンツ・ライフ』
⑤『クレィドゥ・ザ・スカイ』
①『スカイ・クロラ』

Wikipediaなど読むと、あらすじ分かります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/スカイ・クロラシリーズ

skycralwer2 #イクリプスは番外編的
#偶然後ろにカポーティが!

「鏡子の家」三島由紀夫★甘美なデカダンスに酔う

学生の頃に、たまには日本の文学でも読むかなと思って、
自宅の母の本棚で見つけたのがこの三島由紀夫の「鏡子の家」
500ページ以上ありましたが、数日間で一気に読んでしまいました。

mishimakyoko2 もう、日に焼けて、汚れて、シミが付き・・・愛おしい本に仕上がってます。

そう、今の本は文字が大きいので、660ページだそうです。
母の時代、櫻田が小さかった頃は文字が小さかったですよね。新聞も本も。


何がよかったって、19歳の大学生にはただただカッコよく、
美しく、クールで、洒脱で、あぁ、カッコ良かったのです(笑)
朝鮮戦後の不思議な時代感、教科書の中の歴史でもなく、今でもなく、新鮮で。
なんだか小難しいことに憧れる10代最後の、あの時の自分に会える本です。

退廃的で、享楽的、そして不道徳な、バツイチ鏡子のサロンに集う若者たち。
まあなんと甘やかで魅力的な響きなんでしょう!
櫻田の知らない世界が、そこに暑苦しくもったいつけて展開され、
耽美な三島由紀夫ワールドへ引き込まれました。



鏡子の家に集まる、男性4人の人生絵巻なのですが、
神秘宗教、右翼、格闘技、情死・・・てんこ盛りで、
三島由紀夫自身が持つ、ストイシズム、ナルシズムの見本市状態。

清一郎:貿易会社のエリート社員だが、世界の破滅を信じる
俊吉:ボクサーでチャンピオンになるも致命的なケガをして右翼へ
夏雄:神秘宗教にハマり死の境まで行くが生還する童貞の画家
収:売れないナルシスト美俳優、醜い高利貸しの女と情死する

人生上がったり下がったり命を落としたりするその4人の人生は、
ほとんど交わることなく平行線上に進み、
さらに、鏡子も彼らに深く関わらない。
他人の生を「鏡」のように映し出すだけ・・

孤独な時代に生きる方向性を見失った若者たち・・とでも表現できるでしょうか。

■ たいへん甘美な響きを放つ言葉達

登場人物が放つダイアログ一つ一つが面白い。それがこの本の魅力。
自己陶酔するかのように、客観的に、悲観的に、自虐的に。
「ひねくれ箴言集」とでも。

藤 子は恋愛を心理的なものと見做していた。心理的なものは黴のようにどこにでも生えるならいで、許婚同士のあいだに生えたってふしぎはなかった。彼女はとき どき許婚の顔をのぞき、この野心家の青年の心が黴でいっぱいのところを想像した。つまり、清一郎の目に不安を読みたかったのだ。

自分は違う、分かってるって思いたい。その場を支配したい、上に立ちたい、見栄っ張りで臆病で。

愛し合っていないということは何と幸福だろう。何て家庭的な温かみのある事態だろう。

逆説的だけれど、愛の持つ危うさ、欺瞞を表現し。

通例、愛されない人間が、自ら進んで、ますます愛されない人間になろうとするのには、至当の理由がある。それは自分が愛されない根本原因から、できるだけ遠くまで逃げようとするのである。

ぐさーーーーーーっっ、えぇ、櫻田のことですけど何か。

再び真面目な時代が来る。大真面目の、優等生たちの、点取り虫たちの陰惨な時代。再び世界に対する全幅的な同意。人間だの、愛だの、希望だの、理想だの、・・・これらのがらくたな諸々の価値の復活。徹底的な改宗。

鏡子と清一郎が最も嫌うものの羅列。
そして時代は移り変わり、大真面目な時代に飲み込まれて行く・・・

高校生まで真面目な優等生で点取り虫だったこずえちゃんは、
背筋がぞっとするような興奮を覚えたのでした。

いやらしい、ねっとりとした美しい倦怠が、己惚れが、美しく展開されます。恍惚。

■ 自分の感性に何かと引っかかって来る本

三島由紀夫の作品は何冊か読んでいますが、
おぉ、文学的だわっ!的にずしっと来るもの、金閣寺とか、と、
流行作家ですわな、的にさらさらと読めて愉しいものがありますが、
これは後者かなと思います。

しかし、人生に影響を与えた本トップ5に入る本です。
タイミングという意味もあるかもしれません。
19歳の青臭さがこの作品をバイブルたらしめたのだと。



4人は知り合いではあるけれど、あまり深く関わったり影響し合ったりしない。
そんな、平行線状に進む物語の形式を「メリーゴーラウンド形式」と呼ぶらしい。
で、確か、辻仁成のワイルドフラワーという本を読んでいて、
この鏡子の家と同じ形式だとか、本人が言ったか、誰かが言ったか・・・書いてあったかして、
あぁ、好きなものが繋がったニヤリ的、愉快な驚きを頂きました。

辻さんのも好きですが、少し描写が重かったような記憶が。
もっともっと、軽く、軽妙に、洒脱に、しかし深く陰を落としたような、
鏡子の家は素晴らし過ぎる。



また、ミランクンデラにハマっていた時期でもあり、
「死の決して繰り返されぬ性質」という表現が、
存在の耐えられない軽さ冒頭と無理やりシンクロされ、
これまた好きなものが繋がったニヤリ、でした。



学生時代の櫻田は、よっぽど青年的な苦悩に没頭していたのだと思います、
甘やかに、しかし大真面目に。

そう、こずえさん、今も昔もナルシスト!

「デッドエンドの思い出」よしもとばなな★心のデトックス

悲しくて、虚しくて、苦しくて、どうしようもなくて、
そんなときに読み返す本がこの本です。

透明な涙がただ流れて、心のデトックスになります。
とっても澄んだ空気を纏った、 出会いと別れと癒しの物語が5つ入ってます。

かなり感情的に、青臭く、自己陶酔気味にレポして参りたいと存じます。



よしもとばななの本は、学生時代に「キッチン」や「白河夜船」
を読んだ記憶があるけれど、もう内容等は忘れていました。
で、30歳くらいの時に同僚にすすめられて久々に手に取った本がこちら。
とても平易な言葉で、いつも日常普通に使う言葉で、
穏やかに淡々と出会いと別れが描かれる、ラブストーリーです。
その淡々、の中にふんわりとした不思議なあたたかさがあふれています。



見落とされがちな「たいせつなこと」がたくさん描かれています。
それは偉そうな心理分析でもなく、人生論でもなく、
ほんとうに、私の心の中にあるけれど、
普段気づかなくて、意識していない、たいせつなことが。

ああいう意味のない時間・・・・えんえんとしゃべったり黙ったりしていていられるということが、セックスしたり大喧嘩して熱く仲直りすることよりもずっと貴重だということ・・・
– 幽霊の家-

退屈で、永遠で・・・
– あったかくなんかない-



小説の中って、やっぱりフィクションだから、
とんでもなく「普通じゃない不幸を背負った人」が出て来るし、
この小説もそういう人が沢山出て来る。
でも「至って平凡に恵まれた普通の人」も出てきて、
両者が平等に扱われている感があるのが好き。

「普通な生き方」って、
なんとなくネガティブに語られたりしてしまうけれど、
しあわせはそんな普通な人の普通の日々にこそあると。

いい環境にいることを恥じることはないよ
– デットエンドの思い出-



作り込まれた世界観のある重厚な物語も好きだけれど、
ふんわりとかげろうのように心に浮かんで来る空気感のある物語も好き。
お化けが出ても普通に挨拶してしまいそうな雰囲気。
カポーティの短編のような。

あ、いやむしろ、少ない言葉や登場人物や背景描写にスキがあるから、
読者ひとりひとりの思いが引き出され、
それぞれに深い世界観を作っているのかな。
それってきっと、本として素晴らしいと思う。

本を読んでいる時の頭に浮かぶ情景って、
みんなでシェアできたら面白いだろうなぁ。

櫻田は結構鮮明に主人公の顔なんかも浮かんできて、
さながらテレビドラマみたいに色鮮やかです。
なので、小説がドラマやアニメ、映画になっても観ないことが多いです。



神と呼ぶにはあまりにもちっぽけな力しか持たないまなざしが、いつでもともちゃんを見ていた。熱い情も涙も応援もなかったが、ただ透明に・・・
– ともちゃんのしあわせ-

そして不思議なことに、時間はその時、おかしな流れかたをしていた。戻っていくわけでも、止まったわけでもなかった。
ただふんわりと広がってどんどん拡張していったのだ。光の中で、天まで届くかのような広がりで、ふたりを包んだままで時間が永遠になった。

– 幽霊の家-

この世にはあったかい不思議がたくさんあるんだよね。

原因があって結果がある、ではなくて、
全てのことが論理的に説明できることはなくて、
なんだかよく分からないことが起きて、流されて、
理由もなく選ばれたり、理由も無く選ばれなかったり。
原因と結果の法則はあるとは思うけれど、
どれがどれを招いたかなんて、明確でないことの方が多い。

そして、良く分からないセーフティーネットみたいなものが、
その人の心にも、その人の周りにも張り巡らされていて、
意識しないところで、心や身体がそれをキャッチして、
どん底に落ちていく自分をふんわり包んでくれる。

タイトルにもなった「デットエンドの思い出」を読んでいると、
そんな、不思議であたたかいこと、を思い出すのか、感じるのか、
透明な涙が、ふんわり浮かんでは流れて行きます。

すっごい悲劇とか、可愛そうとか、そういうのじゃなくて、
うーん、簡単に言えば「切ない」という感情になると思うのですが。
心の琴線にこんなにもダイレクトに触れて起こるこの気持ちはなんなんだろう。

「生きるのが苦しかったあの時」を心の底に抱えている人の、
その、もう忘れてしまった古傷を直接撫でられているような気もします。
読んでて少し辛かったり切なかったり。

でもきっと、酸いも甘いも経験した皆さまなら、ぎゅーっと切なくなって、
そして、その後、少し、心が軽くなったような、気がするんじゃないかな。



「自分の作品の中で、いちばん好きです。」

とよしもとばななが言う、本のタイトルにもなった、
その「デットエンドの思い出」が大好きです。

ずーっと付き合って婚約もしていた彼が東京で浮気してて振られた、
という、ありがちといえばありがちな展開なのですが、
焦点は主人公が、心を立て直す過程に置かれています。

「よし、そろそろ帰って、やりなおそうか。」

と思えるようになるまでの心理描写を、
読んで感じて心が震えます。

「自分がとらえたいものが、その人の世界なんだ、きっと。」

そう、そうなんだよね。



この小説集に関しては泣かずにゲラを見ることができなかったのですが、その涙は心の奥底のつらさをちょっと消してくれた気がします。皆様にもそうでありますよう、祈ります。
– 作者あとがき-

櫻田にも、そう、でありました。
ばななさん、素敵な小説をありがとう!

「存在の耐えられない軽さ」ミラン・クンデラ☆読んでる自分に浸る

大学生で最も読んだのは、ミラン・クンデラの著書でした。
その出会いとなった代表作がこちら。
ジュリエット・ビノシュ主演で映画にもなりました。

正直に申し上げて、
「私なんだか小難しい本を読んでるわ!こずちゃんかっこいい!」
的な感覚に浸っていた、という点は否定できません、はい。

哲学書となるとそれっぽ過ぎるし分からないし、小説だとだと軽過ぎる。
クンデラ文学はあくまで小説で文学だけれど、哲学的思想的な描写も多く、
重さと軽さのバランスが良かったのだと思います。

勉強=受験勉強=偏差値だった高校生が一浪してどうにか大学に合格し、
1年生の時にきっかけは忘れましたがクンデラに出会い、
激しく衝撃を受け、文学・哲学の扉がばーんと開かれ、
その果てなき広大な世界にクラクラしたことを覚えています。

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またこの写真のクンデラがニヒルでカッコいい。
必死に書き込みながら読んだ跡が懐かしい。

19歳と言うタイミングで出会ったからこその、
櫻田にとってのこの本は、という書評です。
バイパス沿いのミスドで、コーヒーを永久お代わりしながら読んでたなぁ。

■ あらすじ

モテ系遊び人の外科医トマーシュと、田舎出のテレザ夫婦&犬を中心に、
自由奔放な画家の愛人サビナ、その恋人の大学教授フランツが織りなす、
チェコ「プラハの春」とその凋落の時代を背景とした恋愛小説。

なんですが、中身は哲学的、思想的・政治的な記述が多く、
小説とカテゴライズし難い。

櫻田的には、クンデラが紙芝居をしていて、
そこで4人の物語が展開するけれど、
誰かが何かをする度言う度に、紙芝居を止めてしゃれた解説をする。

って言うかむしろ、クンデラがその思想やら~

めまいを弱さからくる酔いと名付けることもできよう。
自分の弱さに酔いしれ、もっと弱くなりたがり・・・

誰もが誰かに見られていることを求める。~四分類~

人間の時間は輪になってめぐることはなく、
直線に沿って前へと走るのである。
これが人間が幸福になれない理由である。
幸福は繰り返しへの憧れなのだからである。

~を展開し、実例を付けるために、トマーシュはテレザを裏切り、
しかし結局は弱さという攻撃性にひれ伏し、
サビナはカリフォルニアに引っ越し、
フランツはカンボジアで辟易し、妻ににゲッソリする、
という紙芝居が展開される。

脱線がひどく、洒脱で難解な語りに入るんですが、それも魅力。
ストーリー展開を楽しむよりも、クンデラおじさんの人物社会解説を楽しむ本。

小説という舞台を借りた、哲学書と認識しております、櫻田は。

■ 背伸びをすることって大切だよね

19歳の櫻田の知識、理解力を大幅にオーバーしていたので、
何を言ってるのやら、さっぱり分からなかったものの、
未知の世界が開けている、という知的興奮だけは伝わってきて、
ただひたすら線をひっぱったり書き込んだりして読み込みました。

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また、登場する文学作品や哲学者の著書を紐解き、
さらにクンデラの他の著書を読み、知らない単語の意味を調べ、
(当時はまだGoogle先生はおらず、図書館で地味に調べてたなぁ♪)
一つずつ、一つずつ、理解を重ねて行ったような感じです。

キッチュ、アプリオリ、メタファー、永劫回帰、アナクロ、
ベートーベンの解釈、ニーチェは何者で、記号論とは何で、
オイディプス王の物語は何を伝えているのか。

心理学や社会学、政治を学ぶ度に、
あぁ、クンデラの言ってたことが(なんとなく)分かった!
となるのが、大学生櫻田の密やかな愉しみでした。

きちんと理解できたかと問われれば、できていないでしょう。
なのですが、学生はやはりそういったストレッチが大切だと思いますし、
若き櫻田にとっては、なんだか良く分からない部分があるゆえに、
恐れ、畏怖し、ゆえに憧れる作品であり続けるのです。


私の小説の人物は、実現しなかった自分自身の可能性である。
小説は著者の告白ではなく、世界という罠の中の人生の研究なのである。

このね、ちょっとエスプリが効きすぎて良く分からないヒネリを、
自分なりに理解できた時の満足感を楽しめると良いです。

これまた学生時代に櫻田が大好きだった、
三島由紀夫の「鏡子の家」が持つニヒリズムに
どこか通じるものを感じたのも、この作品を神格化する理由の一つ。
その無理やり結びつけたことを、世紀の発見とか己惚れるのも、
またいとをかし。

久しぶりに読み返したら、景色が変わっていました。
それもまた、繰り返し読むに値する本がくれる、密やかな愉しみです。
間違いなく櫻田こずえベスト5殿堂入りの一冊です。