母とおばあちゃん

昨日早朝、母が急遽岡山から帰って来た。
固定していた歯がまた?抜けた?とかで、
主治医に診てもらいたかったらしくて。

早速昨晩、母の好きな、やわらかそうなものを買って実家に行ってみた。
コロッケ、ポテトサラダ、フルーツゼリー、ケーキ・・・。

沢山話を聞いた。ただただ話をずーっと聞いて来た。

いろいろいろいろあるみたいだけれど、
ケンカをしながらも、母はおばあちゃんのことを心から心配して、
白内障の手術や補聴器、移住について考え、文句を言いながら悩み、
ケンカをしながらも、母は余命の短いおじさんのことを想い、
緩和ケアについて、おじさんの家族についてぶつぶつ言いながら心配していた。

あ、大丈夫だな、って思った。愛があるっていうか。

もちろん母のわだかまりやら何やらが解決したとかではないのだけれど、
母は今必要とされていて、いろんな不条理に憤りながらも、
それに応えようとしていて、そこに。

長男であるおじさんとおばあちゃんは、実は現在非常に仲が悪くて、
おばあちゃんは母を頼りたいんだけど、お前が私の面倒を見ろ!
的なことを言うばっかりで、優しい言葉や感謝の言葉はかけないらしい・・・。

母:家に帰るとおばあちゃんがずっとくっついて来てほんとに邪魔なのよ。

しょうがないわーって顔じゃなくて、本当に嫌そうな表情をする。
でも、母は娘を取り戻し、ぶつかりながらやり直してるんじゃないかなって、
想像だけだけど、思いました。

「布団問題」とやらが勃発し母はおばあちゃんを怒鳴り散らした(姉談)
らしいし、本当におばあちゃんを邪険にするような表情をするけれど、
母はそもそも、いい加減にしなさいよ、と嫌な顔をしながら愛情を注ぐ人なのだ。

母とおばあちゃん、お互いが完全に満たされることはないと思うけれど、
おばあちゃん、おじさん、母(母親、長男、長女)が、
仲良くお互いに感謝し合いました、というようなことはないだろうけど。

いろいろいろいろいろいろーーーー、
まだ私も知らない、いろーーーーんなことがあるようだけれど、
話をしてて、何も良い状況だとは思わないけれど、なんか大丈夫だと感じました。

おじさんとは、白目が真っ赤に充血するくらい、
血圧が上がるくらいバトったらしいけど、
母は帰る間際にこんなことを言っていました。

おじさんがね、うなぎを食べたいって言うの。
もう、多分、味覚もほとんどないのよ・・・・。
岡山の駅(おばあちゃん家・病院から遠い)の髙島屋のが美味しいからね、
本当は今日、そのうなぎを買って病院に持って行くはずだったのに・・・。
いつ容態変わるか分からないから、早く食べさせてあげたいのに・・・。

岡山と行ったり来たりで疲れて、体重も減っているのに、
日曜日また岡山に行こうかと言っている。
大丈夫じゃないとしたら、母の疲労だな。



愛情の表現の仕方も、愛情を何で感じるかも、人それぞれだから、
愛を注いだつもりでも、受けとめる側が違えば「愛されなかった」となり得る。
お金が愛、プレゼントが愛、言葉をかけて認めることが愛、
いっしょにいることが愛、ボディータッチが愛、好きと伝えることが愛、
何におもきを置くかは、人それぞれで。

母は「好きだよ、かわいいよ」と言われて育てられていないから、
言葉による表現とか、ボディータッチが得意ではないと思う。
私達にもあまりそういうことを言ったりしなかったし、
スキンシップももしかしたら少なかったのかもしれない。
そうだとしても、それで愛されなかったとはみじんも思わないし、
また、それで愛されなかったと思う人がいても、不思議ではないと思う。

櫻田の思う愛は、言葉や表現ではないかもしれない。
面倒くさいこと、その人にとって不利益で、不都合で、地味で、好きではないことでも、
相手の気持ちや状況にベストな事を、黙って、何も言わず、恩を着せることもなく、
見返りも求めず、主張もせず、相手のため!とすら思わず、自らを犠牲にしても、
さらりと当たり前のようにやっている人を見ると、愛を感じる。

しば子の最期に見た母の献身が、櫻田が思う本当の愛だったりする。
http://keananobaka.com/blog-entry-479.html
ま、その母の愛を注がれて育ったのだから。

母にとって、今何をしてあげることが一番良いのか、
まだちょっと分からないでいるけれど、
なんか、すごいことをするんじゃなくて、出しゃばらず、だけどいつでも側にいるような、
そんな安心感とか、何て言うんだろう、便利な人でいてあげたいと思う。

ただニコニコと、いつでも飛行機のチケットを手配するし、連絡係もするし、
いつでも好きな時に、駒のように櫻田を使ってくれたらいいと思っている。
実家に残された父のことも、岡山のおばあちゃんのことも、
母が良いと思う方法で、掃除でも料理でも話し相手でも、
母の代わりにサポートしてあげたいと思う。

そして母が家族とぶつかりながら、血圧を上げて口論しながらも、
感謝されなくても、誤解されても、文句を言われても、
ふたりを心から思って頑張っているっていうことを、
私は理解して、話を聞き続けて、頷き続けてあげられたらなと思う。



巡り巡って、母の安定こそが、おばあちゃんとの関係性を少しは回復させて、
おばあちゃんの幸せにも繋がるとも思ってみたり。

あぁ、いつおばあちゃんに写真送ろうかなぁ、ま、持って行くかな。
そして、おかあさんはおばあちゃんを心から心配してるんだよって、
なんか、おせっかいにならずに、上手に伝えられたらいいなぁ・・。
そして「ありがとう」が引き出せたらなぁ・・←やっぱりおせっかい



実家に帰った時に、心がけて伝えていることがある。

父が必死で働いてくれたから、私は何も不自由なく大学に行くことができたし、
(私立&下宿で相当使わせた)営業マンとしての実績を尊敬していること。
母が主婦の手本を見せてくれて教えてくれたので、
家事が好きで料理好きに育ち、バッハ君に良い妻だと褒められているということ。
そして、櫻田家に生まれて、私は幸せ者で、育ててくれたことに感謝しているということ。

毛穴は父の遺伝に違いないちくしょうとか(笑)、不満が全くないワケじゃないけど、
俺は良い父親だった、私は良い母親だったと思って、過ごしてもらいたい。
どう頑張っても返せないくらいのものを、自分はふたりからもらっているから。

ま、今はお金も健康も、トラブルがないからこんなキレイゴトを言っていられるけど、
いろいろ問題が起きた時に、それを行動に移せるのか自分?と、
おばあちゃんやおじさん、そしてその家族のために動く母を見ながら思う今日この頃です。